|||: My Sweet Home :|||
夫婦間のセックス/セックスレス。アトピーの自分と息子。ごく普通の30代核家族を夫の立場で考える。
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過去の過ち その2
成り行き、というのは怖いものです。

俺が28歳のとき、8年間付き合ったHと別れたのは、俺の浮気が原因でした。
その浮気相手(以下K)とは仕事仲間でした。
彼女は部下と言っても良い関係で、俺の仕事のサポートをする立場にいました。

着実にHが女を磨きつつある頃、
俺の会社は倒産するか否かという瀬戸際に立たされていました。

さほど大きくはない会社では、社員一人の働きがモノを言います。
5人の内2人が16時間/日働けば、それで実働は6人分、
すなわち120%の業務をこなせるのです。

Kは俺に気があるようでした。
俺はそれを利用して、当時まだ22歳だったKを
幾度となく終電まで業務に付き合わせました。

俺自身まだ若い頃でしたし仕事も嫌いではありませんでしたので、
それが楽しくなかったとは言いません。

しかし本当の理由は、
Mを見返したい、格好だけでも仕事のデキル男に見せたい、
という実に幼い動機でした。

前述した業務効率の問題や会社の経営状態などは、
はっきり言って大義名分に過ぎませんでした。

毎日そんなことを続けていると、やがてKと一緒にいる時間が驚くほど長くなりました。
週に3日としても、起きている時間の4割近くを一緒に過ごしているのです。
さすがに情も移ろうか、という展開です。

それで早めに仕事を切り上げた日や、たまの休日にも会うことになりました。
特に当時はKもパソコンを買って覚え始めたばかりで、
PCショップを歩き回ったりCDの焼き方を教えたり、
もちろんメシを食いに行ったり海を見に行ったりもしました。

それはどんどんとエスカレートしていって、
やがては1泊2日の旅行に行くようにもなりました。

---

Hが見付けた浮気の証拠というのは、
Kとの何度目かの旅行の、宿泊先の出した領収証です。

俺はまだHが好きでした。

しかしどうするのが正しいのかがまるで分かっていませんでした。
俺と暮らすマンションを出ていったHを逆恨みする気持ちが発展し、
同じ部屋にKと住むことを思い付きました。
いわば当て付けです。

その頃には仕事を終えればKの終電までそこいらで遊び、
また翌朝には顔を合わせる、というパターンの日々を送っていました。
当時、Kは両親と一緒に暮らしていました。
うら若き女性ですから、当然ながら門限があります。
しかしその門限も俺のせいで破られること数回。
さすがに向こうの親も限界でしょう。

俺はKに同棲を提案しました。
Kは俺と会うまで処女でした。
仕事でもプライベートでもほとんど俺の言いなりでした。
Kには姉がおり、先に家を出て男と同棲していました。
これらの条件から判断して、この提案はすんなり通ると踏んでいました。

ところがKは、ある条件を提示してきたのです。

Kの姉が同棲で家を出ていることに、
両親(特に母親)は強い不満がありました。

男と暮らすのに結婚はしない、
そんな娘になったのは自分の育て方が悪いからなのか、と悩んでいたのです。
実際、後になって俺がKと結婚したいと申し出たとき、彼女(Kの母)はこう言ったものです。
「良かった。これで私の育て方が間違いじゃないと証明されるわね」

思えば、これも随分と幼い考え方です。
結局この人は
自分が母として娘達を正しく育てられたかどうか、
親族や近所の人達がそう見てくれるかどうか、
が問題なのであって
娘が本当に幸せかどうかなどは二の次でした。

閑話休題。
そういうわけで、
Kは母に同じ思いをさせたくない、
ついては形式だけでも良いから籍を入れて欲しい、
と申し入れてきたのです。

さすがの俺も、
ハイそうですかと即答するわけにはいきませんでした。

これはKに言った事ですが
「俺の戸籍は多少傷が付いても世間的にどうということもないが、君の方はそうはいかない。
俺が強烈な事件を起こして離婚騒動などに発展しない限り“なぜ一度目の結婚に失敗したのか”
がずっと付いて回ることになる。そうなったら母上は今よりもっと落ち込むだろう。
それでも良いのか」

何度も問いました。

つまり、初めから「いつかは終わる関係」を前提として俺は話をしていました。
これは俺としては良心的な行動でした。
彼女と一生を暮らすつもりがないことを予め伝えた上で、
それでも遊びたければどうか、という提案をしていたのです。

籍を入れてくれるなら良い、と彼女は言います。
ただ、だからと言って親族に黙ってと言うわけにはいかない、
式などは挙げなくて良いから挨拶回りくらいはして欲しい、との回答です。

俺は今一度「終わる関係」であることを強調しました。

婚姻届と同時に離婚届の両親・証人の欄にも記名捺印しておき、
俺かKがこの離婚届を役所に提出した時点で遊びは終わり、
それで良いかと問いました。

しかし彼女は、籍が入るというだけでもう舞い上がってしまったようです。
俺の言っていることの意味が正しく伝わったのかどうかも分かりません。
とにかく籍が入るなら良い、の一点張りです。

俺がKとの同棲を望んだのには、もう一つ理由がありました。

この時点で既にHがマンションを出ていってから2ヶ月が経過しており、
当たり前ですが俺はそこに一人残って住んでいました。
ここは元々が4人家族くらいを想定した3LDKです。
専有面積は70㎡に届き、周辺の地域の中では明らかに高級な部類でした。

つまり、1人では家賃が払えないのです。

引っ越しが出来るほどの蓄えもなく、
そうそう収入を増やすことも出来ない俺にとっては、
同居人を捜すのが最も早い解決法でした。

そうして俺は、Kを籍に入れて一緒に暮らすことになりました。

籍を入れるだけ、と言っても、そこは人の世です。
挨拶回りなどの真似事をしたりする内に、
式はどうするとかお祝いをとか、
話はどんどんと大きくなっていきました。

「食事会」という名の披露宴、
「生活援助」という名の結納などを経て、
俺達は半ば無理矢理、名実共に夫婦となるよう
仕向けられていきました。
俺は「やばい展開になったな」と苦々しい思いでいました。
俺の気持ちを知ってか知らずか、Kはノリノリです。

---

この「入籍条件」のお陰で、
俺は都合良く同居人を得たと同時に、
面倒も一緒に背負い込んでしまいました。

Kが何かと「奥さんぶり」たがるのです。

これには参りました。
女房気取り、という奴です。

しかし気取るばかりでまるで中身が伴いません。
掃除・洗濯・炊事、何をやっても俺の方が上でした。
お茶も満足に入れられない有様です。

俺はそういう事を望んで同棲したわけではありませんので
別に何もしなくても良かったのです。実際、Kにもそう言いました。

しかし本人はやりたい、それを認めて(≒褒めて)欲しい、という訳です。
しかしどうみてもやらない方がマシというレベルの家事を
好きでもないのに褒めるのはなかなか難しいことです。

やがては自分の立場を完全に妄想と置き換えて、
いわば「仮想夫」としての俺に不満を言い始めます。

いわく
料理を作っても美味しそうに食べないとか
アイロン掛けをしたシャツを着てくれないとか
俺のためにと思って自分がした事を一々全て認められないと怒ります。

貴女が希望するから書類上は籍を入れただけだと何度言っても聞きません。

俺はしきりとHの事を思い出すようになりました。

家事も仕事もきちんとこなしていたH。
顔も身体も人並み以上に美しかったH。
そして何より、俺の我が儘をいくらでも許してくれたH。

やがて俺は、何かあるごとにKをHと比べるようになり、その度にKに落胆していました。

Kが引っ越してきていくらも経たない内に、
俺はもう彼女の事が疎ましくて我慢ならない状態になっていました。

---

さて話は戻り、彼女の両親に挨拶に行ったときのことです。
Kの母上が何気なくこぼしたこの言葉。

「まあでも、ヤルことはヤってるんでしょうから」

分かりますよね、この意味。
これが、俺には我慢なりませんでした。

本人は何の気無しに、というよりどちらかと言えばむしろ
親密な気持ちを込めて言ったのだと、今は分かります。

しかし当時28歳の幼い俺には
なぜそんなことを他人に言われなきゃならんのだ!
という思いが強くありました。

本人には言いませんでしたが、
このことも、Kに辛く当たる原因の一つになっていました。

初めこそ、キスされたり陰部を触られたりしていましたが、
この頃にはもう自分からKに触ることはまずありませんでした。

俺に放っておかれ、自分の性欲を一人で処理するKを軽蔑しました。

生活の中で上手くいかないことは、全てKのせいにしました。

自分の中で点数表を付け、何かKがミスする度に、それを減点しました。

もちろん良いことがあれば加点するわけですが、それは滅多にありません。
なぜなら、俺は意識的にそうしたくなかったからです。

日常の中ではそれでも気を張って生きているKでしたが、何か揉め事があると
包丁を持ち出して手首を切ろうとしたり、よそで俺の知らない男と泥酔して
電話が架かってきたりしました。

その度に、俺は心底ウンザリし、彼女の点数を引いていました。

そうしている内に、いつしか口を利くのも嫌になりました。

仕事では業務連絡がありますから最低限は口を利きますが、
家に帰れば、ほとんど無言で過ごす毎日。

最初は100点あった点数も、籍を入れてから2年も経つ頃には
既に0を切ってマイナスになっていました。

そもそも、この点数は一体何であるのか、実のところ俺にも分かりません。
ただ何となくイメージとして点が引かれていくのです。

こんな関係なのに、何かの間違いで妊娠でもされたら大変です。
もうこちらから触るどころか、触れることも許しませんでした。

俺は限りなくKに冷たく当たりましたが、Kは何とか以前の関係を取り戻そうと
一生懸命に家事をしようとしたり会話を求めたりしてきます。

でも俺はKの、何らかの見返りを求めているであろう全ての行動を拒絶しました。

掃除をしたから、洗濯をしたから、食事を用意したから、
だから俺と話がしたい。
だから俺と交わりたい。
だから私に笑顔を見せて欲しい。

だったら、一切何もしなくて良い

実際にそう言い放ちました。

---

結婚してちょうど6年目。
つまり6回目の結婚記念日。

Kは一人で、離婚届を役所に提出しました。

6年前に捺印された離婚届です。

俺は6年もの間、ただ黙ってそこにKの存在を放置していたのです。

結婚したのも彼女のせい、離婚したのも彼女のせい。
そうやって何もかもを人のせいにして、自分を正当化して。

なぜKが6年間も我慢したのか、
母を悲しませたくなかったからか、
まだ「結婚生活」が取り戻せると思っていたからか、
今でも俺にはその本当の理由は分かりません。

離婚届を出す少し前から、Kは心身症と思われる微熱に悩まされています。

そしてそれは今も、彼女を苦しめています。
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さいあくだなあ
2008/03/13
(木) 22:28:39 | URL | 匿名さん #-[ 編集]
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